慶應義塾大学 湘南キャンパス 秋山美紀研究室 Miki Akiyama Lab

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HOME > 2018年度 ライフストーリープロジェクト「年配者のライフストーリー〜健幸の語り」

年配者のライフストーリー〜健幸の語り

戦争だけは絶対にしちゃダメ

語り手:Yさん

―戦争の経験は大変でしたか?

Yさん:戦争中そして戦争後は、食糧難で本当に大変だったのよ。戦争が終わったのは、小学校5年生くらいだったと思います。その頃は本当に食べるものに困っていたので、そういった苦しい戦争の経験を経たからこそ、今自分が強いのかもしれないわね。  戦争の時は、小田原の大雄山線の田舎の方に疎開しました。その時は食べ物には困らなかったけど、長男の兄は中学生で学徒動員に行って、他の兄弟は違う疎開先に行ったので両親ともみんなバラバラになりましたね。  だから、戦争があったからこそ、強く長く生きているのかもしれない。戦争だけは絶対にしちゃダメね。みんなが苦労し、亡くなるでしょ。だから今の平和っていうのは大事よ。

―終戦の時のこと今でも覚えていますか?

Yさん:終戦の時のことは覚えています。天皇陛下のラジオを、お膝して聞いていたの。その後は、占領しにきたアメリカ兵に乱暴される噂が流れたこともあって、怖かったわ。あと、終戦直後は教科書がないから、藁半紙がみんな教科書になったのよ。小学校卒業まで教科書がなかったと思います。

―今の私たちは本当に恵まれているんですね。

Yさん:そうね〜。今はお金さえあれば欲しいもの、食べたいもの、着たいもの全て買えるものね。都会の子供は、着物や羽織を着て長靴を履いていたから、疎開した際に田舎の子にいじめられたのよ。田舎の子はモンペや草鞋だけだったからね。けれども、田舎があったおかげで助かったから感謝よね。食べ物も、自分でお饅頭を作って食べたのよ。まだ小田原は東北などに比べて恵まれていたと思うわ。だから今の戦争経験者はすごく苦労している。惨めな思いもしている。

―なるほど。

Yさん:今はね、若者に戦争のことを話してもわからないものね。戦争が終わって、小学校5年生ぐらいのときに、羽田の方に帰ってきただけれど、当時羽田にはアメリカ軍の駐屯地があったから、駐留兵から唯一甘いものであるチョコレートをもらったのよ。

語り手:Yさん プロフィール

昭和9年1月1日生まれの85歳。 8人姉弟の次女(長男、長女についで3番目)。 戦争で疎開を経験し、家族と離れ離れになる。また自分の子である長男が白血病によって20歳の若さで亡くなる。これらの経験から家族を大切にすることを大事にしている。


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